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じんじ屋エールは自由設計が基本コンセプト。

じんじ屋エール

since1995

短編小説 新評価制度導入物語

作成年:2002

7年ぶりの書き下ろしです。でも物語の中では2年半しか経過していません。
プロコンサルタントの方は、ご笑覧ください。
経営者・管理者の方は、評価制度の導入・見直しの参考にしてください。
なお、ハウツーものとしては説明不足の部分もありますが、短編小説の枠内で色々と欲張って問題提起をした結果であります。まあ物語ですからサラッと読んでくださいネ。

この物語は、エール博士の甥が経営する会社(株式会社エール技研)をモデルにしたものである。

プロローグ

もう9月も終わるというのにうだるような暑さが続いている。山田太郎は「環境破壊が進んでいるからなぁ。地球温暖化で地球の熱が下がらないんだよ。」などと独り言をつぶやいていた。数分後にもっと現実的な問題に直面するなんて、この時は夢にも思っていなかった。

太郎が経営する株式会社エール技研は研究開発型の会社である。社員の数は、役員2名、正社員30名、パートタイマー5名、総勢37名である(2年半前は23名だった)。所属部署は総務課、管理課、営業課、技術課の4つに分かれており、それぞれの課に1名の課長がいる。

会社の業績はどうなのかと言うと…毎年赤字続きだったのが前期はほんの少しだが黒字に転換し、今期は大幅な黒字になりそうである。2年半前に人事制度を導入したことが、社員に大きな動機づけをもたらしたのである。人事制度を導入したことによって、優秀な社員を採用することができるようになり、彼らに負けまいとして既存社員も目の色を変えて頑張り始めた。そして、それは当然の結果と言わんばかりの好業績を生み出していった。今の太郎には悩みなんてこれっぽっちもない…そんな平穏な日々が続いていたのだが。。。

第1章 またしてもエール研究所へ

突然ドタバタと足音がして社長室(四畳半だけど)をノックする音が…。部屋に入ってきたのは青ざめた表情をした技術課長の青山であった。
「社長!大変です!新井君が突然辞めたいと言い出しまして。そ、そしたら飯田君や梅谷さんまで便乗しそうな気配で。どうしましょ。うっうっうっ(泣)」
「青山君、落ち着いて、落ち着いて。一体どうしたんだい?何が原因でそうなったんだい?飯田君はどうでもいいけど新井君や梅谷さんは我が社の稼ぎ頭だよ。辞められたら困っちゃうよぉ」
「それは、一言で言えば(社長の…とは口に出して言えない)人事評価の結果に不満があったようです。」

思い出して欲しい。株式会社エール技研では2年半前に新賃金制度と一緒に人事評価制度も導入していたのである。しかし、導入した人事評価制度とは、太郎がエール博士のマル秘資料からこっそりとパクったもので、独自に作成したものではなかったのである。しかも、最終調整は太郎の鉛筆ひと舐めで決まり、評価ミスがあっても誰もチェックする者はいないお粗末なものであった。いつも評価結果を同僚と見せ合っていた新井君は、ついに我慢ができなくなったのである。

「今度もぴょん太先生にお願いしようっと(^^)」
ちなみにぴょん太とは、エール博士ご自慢のペットの「うさぎ」のことである。
またしても太郎は、エール博士に相談しに行くのだが…。

第2章 エール研究所のナンバー2

午前11時50分、太郎はエール研究所のドアを叩いた。
「帰れ!」
いきなりこれである。エール博士は、以前ぴょん太をタダで使われたことをまだ根に持っているようである。甥の頼みとはいえ、相談に応じてくれる様子は全く見られない。それどころか、すごく嫌がられているようにすら感じられる。まあこんな事も予想して、博士の大好物である"しょうが焼き弁当"を買ってきたので、それを餌に交渉して見ると…
「入れ!」
とても単純な伯父である。頭はめっぽう切れるが昔から変な人だったなぁ…太郎は昔を思い出してフッと笑ってしまった。
「笑うな!」
怒られた(;;)

「博士、またぴょん太先生にご教授願いたいのですが。」
「だめじゃ、だめじゃ。もうお前に利用されるのはまっぴらじゃよ。それに今度のことは、お前が儂のマル秘資料を黙って使ったりしたから、こんなことになったのじゃろ?自業自得じゃ。儂は知らん」
相変わらずとても冷たい伯父である。

'あーあ、こんなとこに来たのが間違いだった'
太郎は心の中で吐き捨てるように言って、帰りじたくを始めた。とその時、エール博士は助手のガイド君を連れてきた。
「ぴょん太は忙しいから無理じゃが、助手のガイド君なら連れてってもいいぞ。」

ガイド君は、一応エール研究所のナンバー2であるが、鈍臭くて頼りなさそうで第一印象から"勘弁してくださいよ"って感じだった。
太郎は'ババを掴まされたかな'と思いながらも、エール博士には逆らえずに「ありがとうございました。"ガイド先生"にご教授いただきます」と言って、ガイド君を連れて帰ったのだったった。

第3章 ガイド君の診断

社長室で太郎とガイド君はヒソヒソと話をしていた。
「ところでガイド君、キミは結婚してるのかな」
「いいえ、まだ独身です」
「そうなの。じゃあいい人紹介しちゃおっかなー。お嬢様系がいい?それともギャル系?」
何を話してるんだか・・・一向に本題に入れないでいる二人だった。
そのときドアが開いた。
「ガイド先生、いらっしゃい」
専務の花子がコーヒーを持って入ってきた。
「あれぇ、ガイド君を知っているのかい?」
「もちろんよ。会社が傾きかけていたときに相談に乗っていただいたことがあるの。あなたが能天気にゴルフに明け暮れていた頃よ」
「こらこら、会社の中じゃ社長と呼びなさいよ」
何もガイド君の前でそんなこと言わなくてもいいのに・・・太郎赤面!照れ隠しの一言であった。

話は意外にも(鈍臭そうな)ガイド君の方から切り出してきた。
「まず最初に簡単な診断をしてみたいのですが」
「いいともー(^o^)/」
「評価者は社長さんと4人の課長さんでしたよね。それでは課長さん達も呼んでいただけませんか?」
「それもいいともー。それじゃあ専務、課長達を呼んできておくれ」
花子は課長達を呼びに部屋を出ていった。
太郎は'しめしめ、これでガイド君が役に立たなかったら、ぴょん太先生と交代してもらっちゃお'と考えていた。

課長達が揃ったところで、ガイド君から診断方法の説明があった。
「人事評価○×クイズを行います。普段は5段階で評価しているのですから、○×で答えるのなんて簡単ですよね」
「あったりまえだよー。そんなの診断になるのかい? なんか心配だなぁ」
太郎はぴょん太先生に来てもらえなかったことが残念でたまらない様子で、ガイド君に対して失礼この上ない態度で接している。
「まあ、とにかくやってみましょう。問題は5つあります。それでは最初の問題です・・・」

問題を解き終わり、最初の問題について5人の答えを照らし合わせてみると、なんと3人が○、2人が×という結果であった。残りの結果も5人すべて一致したものはなかった。
「フッフッフッ、見事に答えが分かれましたね」
ガイド君が勝ち誇ったように言った。
太郎は少しムッとして、
「でも僕は5問中4問正解だったからな。課長達は最高でも3問しか正解してないからねぇ」
「あのぅ、そういう問題じゃないのです。この診断は正解率よりも皆様の解答がどれだけ一致しているかが意味を持つのです」
「それじゃぁ、僕の4問正解はすごくないってこと?」
「はっきり言って、そんなことは二の次ですね。解答が一致しないということは、評価する人によって評価結果がマチマチだということです。これでは評価される人はたまったものではありません。仮に解答を間違えていても、皆様が同じような考え方で同じ間違いをしていたならば、まだその方がトラブルは少ないかもしれませんよ」
「へーぇ、そんなこと考えたこともなかったなぁ。さすがガイド君、伊達にエール博士の弟子をやってるわけじゃあないんだね」
「そんなに褒めないでくださいよぉ。僕なんてぴょん太に勝てるとこがないのですから。あっ、ぴょん太って呼び捨てにしたこと内緒にしておいてくださいね。ぴょん太さんは僕より後輩だけど、IQ180もあって頭あがらないからいつも「さん付け」で敬語を使っているのです。でもエール博士か言うのですよ。"ガイド君のIQはぴょん太の半分しかないけどEQはナンバー1じゃな。仕事ができる人はIQが高い人ではなくてEQが高い人なんじゃ" すごく嬉しかったなぁ。EQって心の知能指数のことだそうです」

第4章 評価制度設計

さて、いよいよ株式会社エール技研ではガイド君のガイドによって評価制度の見直しを始めることにした。
「最初に評価要素の見直しをしましょう。評価要素は役職や職種、あるいは等級レベルによって変えていく必要がありますよ。」
「えっ、そうなんスか。みんな同じじゃあダメなんですね。」
いつの間にか敬語になっている。それは太郎がガイド君のことを完全に認めたことに他ならない。
「そりゃあダメですよ。中には全社員一律の評価要素もありますが、それだって役職や等級レベルによって重要度が違いますから得点に換算するウエイトを変えなければなりません」
「へーぇ、そうかぁ。ウエイトを変えるって手もあるのですね。」
太郎はガイド君の説明を感心した様子で聞いていた。

翌日、ガイド君からこんな提案を持ちかけられた。
「社長、コンピテンシーも検討してみましょうよ。」
「なっ、なんスか、その"権平のテント"とかいうのは???」
「はっはっはっ、やだなぁ、コンピテンシーですよ。一言で言えば高業績者の行動特性のことです。御社の新井さんや梅谷さんのような優秀な方の行動特性をベンチマーキングするのです。それを見習うことで全体の底上げをしていくことが目的なのです。」
「それって真似っこブンブンですよねぇ。それじゃぁ個性がなくなっちゃいますよ。これは却下、却下。わが社は各人の強みを最大に活かしていく方針ですからね。」
「最近は"社員の長所を伸ばせ"というやり方が多くなってきていますね。たしかに社員数の多い企業ならばそのやり方は効果を発揮するでしょう。しかし、人数の少ない企業では、伸ばした長所を活かすシチュエーションに恵まれていません。だから"社員の欠点をなくす"あるいは"やり方を変えてみる"ことの方が重要な場合が多いのです。もちろん、コンピテンシーはやるべき行動が明らかになりますから、より長所を伸ばすこともできます。そして何よりもコンピテンシーはEQを高めることに繋がるのです。御社でも検討してみる価値はあると思いますよ。」
「ガイド先生のようにEQが高くなる?・・・。正式に導入するかどうかは別として、試行してみるのも悪くないですね。だけど、新井君や梅谷さんの行動を観察するのは大変だろうなぁ。」
「うーん、たしかに個々の方たちを観察していく方法だと手間がかかりすぎますよね。でも、エール研究所で作ったコンピテンシーディクショナリをたたき台にすれば簡単にできますよ。」
エール研究所のコンピテンシーディクショナリは3つの区分、8つの分類に分かれ、全部で80以上のコンピテンシーを有するものである。さらに各コンピテンシーの行動基準例が用意されているので、それを実態に合うように修正して利用することができるのである。

「あらあら、頑張っているわね。そろそろお茶しません?」
花子がケーキとコーヒーを持って部屋に入ってきた。そして、いつものように"でしゃばり花子"に仕切られる展開がまっていた。
「ねぇ、ガイド先生、1人の社員を評価する人が複数いる場合はどうするの? 2人なら2分の1、3人なら3分の1ずつで換算すればいいのかしら」
さすがに切れ者の花子、いきなり鋭い質問を投げかけてきた。
「うーん、当たらずとも遠からずってとこですね。梅谷さんを例に考えてみましょう。梅谷さんの1次評価者は青木課長ですね。そして社長さんが(でたらめに)最終調整をして決めているのが現状です。もし専務さんか社長さんが2次評価者だったらご質問のような調整が必要になります。ただし、一般的には単純に2分の1するのではなくて、評価要素によってウエイトを変えていく方法が採られています。成績に関する評価要素はいつも近くで見ている上司の青木課長のウエイトを高めに設定し、意欲・態度や能力に関する評価要素は遠目で観察できる立場の専務さんや社長さんのウエイトを増やすのです。」
「それでは最終調整は誰がどのように行えばいいのですか?」
花子は素直な疑問をぶつけてみた。
「調整は2つに分けて考えてみましょう。御社は絶対評価(注1)でしたよね。まず最初にやるべき調整は各課ごとの"甘辛調整"です。本来はあってはならないことですが、実際には評価者によって甘くつけやすい人、あるいは逆に辛くつけやすい人がいますから、これを調整しておかないと不公平な結果が生じます。次に御社は5段階評価ですから、各社員のそれぞれの総合評価を5段階のどの部分にするのか当てはめる作業を行います。エール研究所では各社員の評価点を上から下まで順番に並べて、分布制限による各評価段階の境目で線引きをする方法を推奨しています。課長以上の6名で調整会議を開いて、特にボーダーライン上にいる社員について評価を上げるか下げるかを決定すればいいと思います。」
「それで完璧ですね。ガイド先生、ありがとうございました。もう一杯お茶を入れてきますね」
「いや、まだやらなければならないことがあります。それは評価者のエラーチェックです。評価者は"どうせ甘辛調整をするのだから"といっていい加減な評価をしていいわけではありません。さらに評価者エラーには甘辛の他にも様々なエラーがあります。評価者のエラーをできるだけ探し当てて、今後そのようなエラーが起こらないように定期的に社内訓練をしておく必要があるのですよ。」
話に参加できずに傍らで聞いていただけの太郎だったが、ガイド君の説明は太郎の考えも及ばない素晴らしい内容だった。本当に目からウロコが落ちてしまった・・・あれっ、コンタクトレンズが外れてる・・・。すでに太郎は、ガイド君に対してぴょん太以上に尊敬の念を抱き始めていた。

エピローグ

エール研究所に戻ったガイド君は、エール博士に報告をした。
「とても喜んでいただけました。今度はちゃんと報酬をいただけそうですよ。専務さんが帰り際に"今度のことは社長の責任だから、今期の社長の役員報酬を半分にしてでもお支払いしますわ。"と言ってくださったのです。」
「いくら甥っ子だからって、支払うのは当たり前じゃ。優秀なガイド君を派遣したのじゃからな。ところで、太郎はガイド君を第一印象で判断して"印象固定効果(注2)"に陥ると思っておったのじゃが、実際のところどうじゃったかな?」
「ええ、博士のおっしゃるとおりでした。でも途中からボクのことを認めてくれたようです」
「ほーっほっほぅ、太郎の奴、今度は"ハロー効果(注3)"に陥らなければようがのぅ。そうそう、太郎がまたガイド君に頼みたいそうじゃ。今度は目標管理制度を導入したいらしい。また行ってやってくれんかのぅ」
「ハイ!」
仕事では今が旬のガイド君、だけど結婚はまだずーっと先のお話。。。

注1) 絶対評価
仕事内容や能力レベルによる「基準」を設けて、その基準に基づいて評価を行うものです。

注2) 印象固定効果
一度思った良いとか悪いとかの印象が評価に影響することです。

注3)ハロー効果
一部の鮮明な事実に惑わされて全体を見誤ることです。ハローとは「後光」のこと。


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